完走したものだけに湧き上がる自信

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私は荒川の河川敷を走っていた。

時間制限はないもののこれはレースだ。30キロの部に参加して、こうして土砂降りの中を走っている。

この距離のレースに出るのは初めてで、一度にハーフマラソン以上走ったこともない。

ここのところの体調も良いとは言えなかったが、時間制限がないレースなのだから、上手くコントロールさえすれば完走できると踏んでいた。

自分の状況を正確に把握して、自分の意志で調整して、その結果完走をすることが今回のレースの目標だ。タイムは参考にするものもなく、今回が基準となるので、ゆっくりのほうがいいくらいだ。

それにしても、老若男女問わず、みなさん速い。1往復5キロを6回走るのだが、次々に私を周回遅れにしていく。

私がそれほど遅いのかというと、キロ6分35秒くらいのペースで時速9キロを維持しているので、速くはないが、いうほど遅くもないはずだ。

おそらく、10月頭の大会に30キロでエントリーをするということは、夏の間にしっかりトレーニングを積んできた正真正銘のランナーたちなのだろう。

いろいろ考えている間も、後ろの足音が付かず離れずである。私を抜いていくランナーとは別に、私をペースメーカーにしているランナーがいる。

おかげさまで良い刺激となっている。程よいプレッシャーがペースをイーブンに保たせてくれている。

その足音が私の横にスッと並んだ。

「やあー。お互い、ペースが落ちましたなぁ!」

元気な初老のおじちゃんである。

来月の富士山マラソンに出るという話を聞いたり、伊豆大島マラソンに出るという話をしたりしながら5キロほどご一緒した。

“ああ、楽しいなぁ・・・”

そんな気持ちが湧き上がってくる。

ペースは抑えているから息は上がっていないが、足は痛いし、体も足元もベチャベチャである。

自分で状況を鑑みながら選択しているという実感は、生きている感じがするし、それを共有している人と喋っているのである。

楽ではないが楽しいのだ。

最後の5キロで先行させてもらったが、結局ペースをあげきれなかったので、おじちゃんの丁度良いペースメーカーになったことだろう。ゴールしたとき50mもあいていなかった。

完走証をいただいて、最後におじちゃんと握手をして別れた。

ゴールをすると足がまったく上がらない。階段を登るのも下るのもつらい。雨に濡れた衣服や靴がどんどん体温を奪っていく。ここからが本当のレースである。

会員になっているフィットネスクラブのお風呂でゆっくりしてから帰ってきたが、足が痛いのは変わらず、足の不自由な人が公共の交通機関を利用するときの気持ちが分かったりする。

マラソンは本当に色んなことを教えてくれる。

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